昭和44年11月28日 夜の御理解

今日は、旗崎教会の秋の御大祭でございましたから、若先生が御本部参拝しておりましたので、私が変わりにお参りさせて頂きました。高橋さんの車で、久富繁雄さんがおともして(  ?)ました。お祭りも大変有り難いお祭りでしたが、女の先生のところで、そんなにたくさんの信者がおるっていうわけでもないのに、やはりお米がそれこそ正面に( ?)高く積んでおられましたが、やっぱり丁度20表お供えがあっとりました。それにあの私一人では毎日お粥さんを頂いておるから、一年かかっても食べきらんけれども、神様がこんなにおあげ下さるというて、そのことをご挨拶のときに言うておられましたがね、神様のやはり御比例だと。(神国?)がでけた、そのこれは(無心国?)ばかりでございます。私にいわゆる(神米?)がでけたというて、お礼を申し上げてくれ、お礼を申し上げてくれ、というてお供えをもってきたものばっかりでございます、というてから言うておられましたが、で神様のおかげを頂いて有り難いということが、そうゆう働きになってくると。

お説教は役委員の修行生の先生がされましたが、今日はどういうふうに皆、調子だったでしょうか。御理解三節と四節を奉読されて、それに基づいて御講話を頂くと、いうことだったんですけど、お話になられると全然それとは違ったお話ばっかりで終始しましたが、いわゆる御神徳話ばかり、でした。心臓が2時間も止まっておって、お医者さんとお話しをして助かられたという話しや、もういよいよ不良の子供がおって、もうこの世に生きとっても神様にご無礼になるというので、その自殺を図って、井戸に古井戸にですね、取り組もうとされたら、その古井戸にたくさん水がないのに、水がそこまであがってきてですね、そこに、あの三代金光様のお姿がありあり映られたといったような話し。

その息子さんがもうとにかく、体、背中にですね、背中いっぱいに大きな波阿弥陀仏とその刺青をした人でね、大変な棒にも足にもかからんという人だったらしいんですけども、その母親の一心がですね、とうとうお道の教師になりて、北海道に布教されて、現在、只今学院にその息子さんが学院の修行をしておられるというようなお話しやらですね、もう普通では、いわゆる理外の理とでも申しましょうか、普通では考えられないような、その御神徳によって頂けるおかげといったようなお話しばっかりで終始致しました。どうゆうことであろうかと思わさせて頂いて、今日私、旗崎行きのことをお願いさせて頂いておりましたらね、今日は私がお説教せんならんようなそのお知らせであるとですよ。そんなはずはないし、お説教といえば、もう必ず前々からお願いがあって、そしてその講代を、こうゆう話をするからというて教会にも通知がしてあるですね、ちゃんと張り出さなければなりませんから。

それでその、皆さんが(    ?)そのいたしませんのが普通なんですよ。私達にそげなんお話しをして、こげなんことおっしゃるはずがないけどもね、もうおかしな、どうゆうことやろうかと思いました。そしてお祭りが段々進みまして、先生の玉串が終わったら、すぐ講師の玉串がございますもんね。ところが、今まで私の横に座っておった先生が、どこさか行きなさってから、おんなさらんとですよ。だからあの今日は参拝教師が私一人でございましたから、そんならあの大坪先生上げて下さいっちいうてから、講師の変わりに私があげたんです。玉串を。それだけでした。玉串。ははー帰り車の中で、今日は今朝からこげな頂いておったが、そんなこっちゃったじゃろう、と言うて話した同時に思ったことは、なるほど私がお話しをするようなお話し。いうなら神徳話ですね。を今日役委員の先生はなさったということでございました。そうゆうようなですね、例えば本当に普通では考えられないことが、考えられないことの働きの中に起きてくる。

今日の私はもう朝からずーっと、どうも自分で分からんですよ。どうも今日は体の調子がおかしいな、おかしいなとこう思って、それでも別に、いうならその、寝らんならんと(  ?)ございませんけども、とにかく朝からずーっとお水を頂き続けて、おりますが、もう丁度、今あんまり欲しくないぐらいになったところですが、さっきからでももう公子さんが(たまらんとですよ?)もうとにかく、大きな丼に氷をと、牛乳を一本頂いて、お水、サイダーを一本頂いて、そしてまた食堂きてから、あのこれは先生サイダー二本ぐらい入りますよ、ちビンで冷やしちゃっとがあります、それをまたたくまに、皆で頂いてしまったんですから。そしてお風呂に入らせて頂きましたら、またお風呂でもゴブゴブ頂いたら、お風呂の中で体が(動くごと?)きついとですよ。でもこりゃ、それで誰か入ってきたから、あのものを言おうと思って、そのものも言われんぐらいきついとですよ。

だから末永さんが途中でちょっと入ってはずでしたから、ちょっと末永さん誰か呼んでくれ、と言われんぐらいにきついとですよ。でそれから私、お風呂の中で一生懸命、あの浮いたまんま、浮いたままっていうか、(からだが   ?)けどね、浮いたまま念じさせて頂きよりましたら、親先生、親先生、親先生、というてあの、みなさんがあの、親先生の健康についてからお届けされますでしょ。あのお初穂の親先生というところをずーっと頂くとですよ。はーみんな、こんなに一生懸命なっておってくださるのに、と私は思うてですね、またあのしっかりおかげで、ずーっとこう手もこう動くようになり、足もこう楽になってですね、はーこうゆうようなことでもですね、例えば今日、修行生のお話じゃないですけども、普通ではとてもあり得ないお話しだ。

体の上に、私の上に起きてくる一つの異常といったようなものがですね、それをんーなら、私がどう(受けなさい?)ということではなくて、これは神様のご都合だとして、あのおかげを頂いて。私も帰ってから、そんなふうですから、すぐ休ませて頂いて、繁雄さん、体しばらくもんでもらって、今日はどうでも、私は、うってもらいたいと思う、変わりにいかんですか、ち何べんでん、家内も今日は私も重おっちゃまも早く帰らな帰られんっちゆうてから、帰ってきなさったとたんに、あげん呼びなさったけん、帰らないかいんですよ、っち。どうも今日は体がおかしいから、できるならおってくれんのっち言ったけど、なら今日またでたきますからっちゆうて(  ?)ましたね。そしたら、繁雄さんがずーっと(   ?)したそうです。ほーっちいうて、親先生ともうお約束しとるけん、今日ははよっちいうてから、その出てきたと言われるような、まぁそうゆう本当に、普通ではあり得ないような(れいにふかしぎな?)ですね、働き中に私共があるわけです。

只今、久富さんそのおかげを頂きまして、今日、麦まきのおかげを頂きまして、今日終わらせて頂いた、ともうそれこそ信心としたお礼のお届けがありました。今、みちこさんがお参りさせて頂いて、昨日からあんな大変な講題のおかげを頂いてから、何か知らんけども、あのここに着いたら嬉しゅうなって、有り難うなって、今までかって味おうたことのない喜びが湧いてくるっちいうてから、その公子さんに話すそうですもん。そりゃあんたおかげ頂きよるとよ、親先生にお届けせにゃっち言ったら、お届けしきらんけんで、(  ?)ちゃん(  ?)そのお届けをさせて頂いた。お参りをさせて頂いておる、どっからか湧いてくるか分からんけれども、有り難い。ね、私それが、本当におかげを頂いてありがたい、というのがですね、結局(    ?)おかげを頂いて有り難いという信心とした、喜びが有り難いものになってくるでしょう。

(いさお?)さんの場合でも、いやば農家の取り入れとか、麦まきとかというな、大変なこと、やれやれ、安心ができる、そこにおかげを頂いて有り難い、というのがシミジミ教祖の神様が安政6年10月21日ですよね、夜に麦まきも終わり、終えてしまわれて、それこそやれやれという思いで御祈念に、かけられますと、神様からお伝えがあって、五色の紙を買うてこいと、それで、塀をつくれっとおおせられるから、塀を作らせて頂かれると、この塀きり境に、(   ?)差し止めるというあの、立教神前が下がったんですよね。本当に、氏子がおかげを頂いて、やれやらおかげを頂きまして有り難うございます、というその向こうにはね、必ず神頼みがあるということです。神様に頼まれる。思いのことはこれでもうおかげを頂いた。 お前はもうこれでいいんだ。例えばちょっと聞いてみましたら、そのみちこさん何かが、ちょうどお誕生日にあったったそうです。だから、もう本当に生まれ変わるということ。

もう今までの命はもう、(  ?)抜けて、これからは、もう神の命と思うて、神が(たもうぞ?)というようなものがです、お参りしてくることが、嬉しゅうなったり、喜ばしゅうなったりするのだと私は思うです。(ひさびさ、いさおさん?)の本当に今日おかげを頂いて、麦まきを終わらせて頂きましたと、いうならそこの立教神前でも下がるほどしのことがあるのじゃないだろうかと。ね、そこでです、例えばそうゆう神頼みがね、私共にいつも頼まれておる。いつも私共に願われておるということが、どのようなことであろうかと。繁雄さん今日は、おってもらうわけにはいかんのっち、(    ?)言い方、今日はちょっと帰らなっとこう言われる。で私今日あんた、大祭で(ごのうらい?)の頂くのに、まだ教会おらんたもん。

今日は(   )ときに、ごのおらい頂けんで帰ってきてから、あんた帰ってきたとばってん、そのつもりであんたおってくれたっちゃよかろうもん、ち言いましたばってん、いいえ、ちょっと帰るっち。したら帰って話、でもう今日は、家内にそのことを話してから、今日親先生と約束があるから、だけんお参りすることも今日は日の暮れまで御用(  ?)を頂かれたそうですけども、まぁおかげ頂いたっち言うておられますが、頼まれる、神様が頼まれる、ね、そしてもうこの氏子ならもうこの氏子にこの氏子だけしかできんといったようなことを頼まれる。そこに、立教神前、教祖の神様ですね、麦まきも終わって有り難いというてお礼申されるところに、その神頼みがね、これから(これはい?)差し止めるからその分にしょうしてくれ。あの時死んだと思うてね、家内も(ごきん?)になったと思うて、これから神を助けてくれというような、神の願いが始まった。

ならその神の願いが聞かれることによって、どうなったかというと、教祖金光大神様が生神様となられるほどしの、おかげになっており、せいぜいこのように、お互いが助かれることの、働きまでなってきておるのですよね。だから神頼みというのは、神様の我情我欲を満たされるために、頼まれるのじゃない。今、久富(ひろさん?)の奥さんもお届けれるように、親先生からのお手紙を末永さんが持ってきておった。して、みどりさんに、一番下のみどりさんに、やってくれというて、こんな包みを渡された。その包みを開けてみたところが、三通手紙が、みどり様、みどり様、みどり様というて、入っておった。ね、まだ子供ながらにもです、神様がなんか頼みござるという感じなんだ。ね、そうゆう例えば、おかげをですね、神様が私共に願われる、頼まれる、その頼みをうけて、私共が日常生活の上に、その頼みを受けて働かせてもらう。

今朝から私は、しきりにこうゆうようなことが、頭に浮かぶから、これ一つこの(しょうがき?)には、大きな看板を作ってもろうて、こげなんふうに、書かせてもらおう、と私は思ったことがあるんです。それは、これ分かるでしょうか。『人の幸せと夢お役にたつために、躍進する、金光教合楽教会』と。ね、人の幸せと世のお役に立つために、躍進する金光教合楽教会。教会全体が本当に人の幸せのために、世のお役に立つことのために、合楽教会がなかなければいけんのだと。それには、なら信者の一人一人がその気にならなければできないでしょうが。ね、そこでそのおかげを頂かせて頂く、お役に立って下さるためには、なら、汚い心やら、浅ましい心ではね、神様が用に使おうと思っても、使われないっち。

そこで、久保山のおばちゃんが今朝から頂いておりますようにです、ね、親先生から石鹸を頂いた。その石鹸が素晴らしい石鹸で、箱に何と書いてあるかというと、華頂と書いてあった。華頂とは中華のときの華、はなですね。ちょうというのは頂点の頂。ね、いうならこれを、最高のいやば赤を落とすというかね、最高の石鹸を持ってです、ね、例えてここで御理解を頂いておる御理解というのは、いうなら最高の石鹸にわたるようなものじゃないでしょうか。それによって、私共が磨いた上にもなお、なお磨かせて頂こうという気なってくれよと、久保山の(おーしゃま?)には、神様がそうゆうふうに頼んでござる。親先生がそれを下さったということは、親先生が頼んでござる。久保山さんもうこれでよかっちゆうことはなかばい、まいっちょ、もう一段磨いてくれよ、と頼んでござる。ね、磨かなければ神様がお役に使うて下さらん。

人の幸せ、世のために役に立ちたいっちゆうたっちゃ、それが力ごとなかったら役に立たんじゃないですか。ね、汚れはてておっては、使いにくいです。そこで例えば私共が人の世の、人の幸せと世のお役に立つために、躍進していくためには、どうでも、私共自身がより改まって、より磨かせて頂いて、ね、そして神頼みを有り難く受けさせて頂けれる、それにおうて答えられる信心を願わなければならんちいうことが分かりますですね。どうぞ。

大坪真理子